白い空間
よく晴れた午後、今日の体育の授業はテニスの実技練習で、スガタとタクトはペアを組んでラリーをしていた。
「よっと!スガタなかなかやるね…ッと!」
「お前こそっなかなかうまいじゃない、かッ」
授業とはいえ、元々体を動かすことが好きだったせいか、タクトの動きは素人といえどなかなかのもので、一方のスガタも古武術を扱えることだけあって運動神経は抜群である。
他の生徒たちよりも群を抜いてスムーズに続くラリーに、クラスメイトの視線が集まっていた。
そんな二人を黄色い声をあげながら囲んでいた女子たちの一部が、突然違う悲鳴をあげた。
「やだ!ツナシくんっ」
その声に反射的に辺りを見回したスガタは、タクトの後ろ上空から迫るテニスボールを捉え、声を張り上げる。
「タクト!!!」
しかしまったく気づく様子のないタクトは、次の瞬間には意識を手放してしまった。
タンタン、っと音を立ててタクトの横に転がったボール。
他の生徒が誤って打ったボールがタクトの後頭部に命中したのだ。
驚愕の表情で駆け寄るスガタは、タクトの様子を伺うと、騒ぎを聞きつけ慌てて駆け寄ってきた教師に「保健室に連れていきます」と、極力冷静に振る舞い告ると、タクトを抱き上げ足早にテニスコートから姿を消した。
「しばらく休めば大丈夫だと思うわ。ただ、心配だから今日はこのまま早退させるのが無難ね」
強張った表情で保健室に現れたスガタは、腕のなかで気を失っている少年を守るように抱きかかえていた。
何があったのかと慌てて椅子から立ち上がった保険医に事情を説明しながらタクトをベッドに下ろす。
続けて保険医はタクトの身体を診ると、彼女は表情を緩めて、スガタに「安心していいわよ」と微笑んだ 。
そしてタクトの身体にシーツをかけてやると、スガタに冒頭の言葉と、自分は用事があるので少し保健室を空けると告げ、その間彼を頼むわねと続けて出て行ってしまった。
「本当に…なんでお前は心配ばかりかけるんだ」
タクトの眠るベッドの横にあった椅子に腰を下ろすと、ようやく気が抜けたようで、スガタは溜め息混じりにひとりごちた。
もうしばらくは目を覚まさないであろう彼に視線を落とす。
規則正しく上下する胸をみて、改めて安堵した。
突然目の前でコートに倒れたタクトに、正直心臓が止まるかと思った。
「脳震盪だけですんでよかった…」
万が一、倒れた時にどこか別のところまで強く打ち付けていたらと思うと、身震いしてしまう。
これだけで済んだのが不幸中の幸いというやつだ。
「はやく、目を覚ませタクト」
そっと手を延ばして触れた頬を、優しく撫でながら言う。
「タクト」
愛おしそうに名前を呼んで、閉じた瞼にキスを落とした。
それからしばらく経って、一度制服に着替えに教室へ戻っていたスガタが保健室に戻ると、既にタクトは目を覚ましてた。
シンと静まり返った部屋に、自分以外の人間がいないことを察する。
上半身を起こし鈍く痛む後頭部を撫でていると、扉の開く音がして足音と共に仕切りのカーテンが横に引かれる。
タクトが視線を向けると、2人分のカバンとタクトの制服を持ったスガタが驚いた顔をして立っていた。
「タクト、気がついたのか」
「ごめんなんか、迷惑かけたみたい」
引かれたカーテンにより体育の授業中よりも傾いた太陽が見え、タクトは時間の経過を知って苦笑いする。
それに加えてこの後頭部の痛み。テニスの授業中になにがあったかなど容易に想像がついた。
そして、今目の前に現れたスガタを見れば、自分をここに運んでくれたのも恐らく彼だろうと察しが付く。
「そんなことはない。それより、どこか痛むところはあるか?」
スガタはベッドの傍にカバンを下ろして制服をベッドの上に置くと、タクトが撫でていた後頭部にそっと触れて問いかける。
「ちょっとズキズキするけど、平気」
照れた様子でいうタクトはどうやら本当に平気そうで、スガタは安堵の息を付いた。
「それならいい…制服、持ってきたから着替えろ。まだ授業は残っているが今日はもう帰っていいってさ」
タクトから離れ背を向けたスガタは、仕切りのカーテンをもとに戻して、きっちり目隠しができたのを確認するとタクトのほうへ身体を戻す。
「そっか、ありがとう。スガタは?」
制服をたぐりよせ、体育着の上を脱ぎながら言う。その声はすっかり元気そうだった。
「みれば分かるだろ?一緒に帰る」
置かれた2人分のカバンに視線を促されて、タクトは嬉しそうに微笑んだ。
もそもそとベッドの上で着替えはじめたタクトを視界に捉えつつ、スガタはイスに腰を下ろす。自分の中で渦巻いていた不安がうまく吐き出せず、かと言ってそんな自分で消化しきれない気持ちを言葉にしてタクトにぶつけることも躊躇われ、スガタは今は考えるのをやめようと一度思考を停止させる。
しかしそこで、今いる状況を思い出す。カーテンで仕切られた2人だけの空間。
スガタはここが保健室だと言う事を忘れそうだった。
今ではもう慣れたもので、タクトはスガタに裸を見られるのもどうってことはないし(そもそも同性であるわけだし)、スガタも普段はなんということもないのだが、今現在置かれている状況は普段とは少々違うのである。
タクトはまったく気にしてないようなのだが、スガタは違った。タクトの肌を見れば欲情するし、彼の唇を見つめてしまえばキスをしたくてたまらなくなる。
そして今、目の前で倒れたタクトに少なからずショックを受けたあとで、しかも彼は白いベッドの上で上半身を晒している。さらにここは仕切られているとはいえ校内である。どこか背徳的な気分にさせられて、スガタは一人胸を高鳴らせていた。
しかし、今は平気な様子といえど、一度気を失っている人間に対してよからぬことをしようとは流石に思っていはない。
そんな思いを巡らせていると、ようやくネクタイを首にかけたタクトに声をかけられた。
「スガタ、準備できたよ?帰ろっか」
ごめんね待たせちゃって。そう続けて申し訳なさそうに笑ったタクトに、スガタはきれいにほほえみ返した。
本当は、もっと気をつけろだの、心配しただの、かばってやれずにごめんだの、色々と言いたいことはあったのだが、こんな風にタクトに振舞われては言葉にするタイミングを失ってしまう。
「え、ど、どうしたの」
スガタは今自分が言いたいことすべてを彼に伝わるようにと、ベッドの上の、目の前の身体を強く抱きしめた。
身体が軋みそうなほど力を込められて、タクトは背中に腕を回すこともできない。
けれど、何も言わずただそうしてくるスガタの気持ちに気がついて、ほんの少し瞳に涙を溜めた。
「スガタ……ごめん」
か細い声で言ったタクトは、その意味をちゃんと受け取っていた。
「ごめんね、スガタ。ありがとう」
お礼とお詫びさせて。恥ずかしそうにぼそぼそと言ったタクトに従って、スガタが腕の力を緩めると、ちゅっと音を立てて唇にキスをされた。
END
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