校内の旅


 「スガター早く早く!」
 「落ち着けタクト。そんなに張り切らなくても校舎は逃げないよ」
 上機嫌で廊下を足早に行くタクトに、後を追うスガタがクスクスと笑いながら言った。

 一日の授業もすべて終わり、今日は部活もないからとタクトはスガタを教室で誘った。
春の桜も葉を十分に緑色に蓄えたこの頃になって、タクトは唐突にも『学園のすべてがみたい!』とやらで、そのパートナーにスガタを任命したのだ。
最初は飽きれていたスガタも、余りにもキラキラと期待に溢れた眼差しをしているタクトをみて、ため息一つ、困ったような笑みを浮かべてパートナーを引き受けたのだった。

 「だってさーそろそろ陽も暮れてきたし、どっか夕日が綺麗に見える場所があるかもしれないでしょ」
まさに青春の一ページ!そう続けるタクトは丁度階段に差し掛かり、手すりに触れると一気に上まで駆け登って行く。
こんなに元気があるなら、この後みっちり稽古をつけてやろうと、スガタはその姿をみて思う。
 スガタが階段を登ってくるのを確かめて、タクトはキョロキョロと周りの教室を見回す。
 「夕陽か…じゃあ音楽室のほうはどうだろう。あそこは…」
 「よし決定!ダッシュだスガタ!」
 「はいはい」
返事を待たずに身体の向きを変えるタクトに、「お前ちゃんとどっちかわかってるか?」と付け足すと、ピタリと動きを止めるタクトにスガタは声を出して笑った。

 スガタの先導でたどり着いた音楽室は幸いにも鍵がかかっておらず、中に入ってみるとスガタの言っていた通りの光景がタクトの目に飛び込んできた。
窓から差し込むオレンジ色に、タクトは歓喜の声を上げた。
 「おおー!これはまさに青春の一ページ!オレンジ色に染まる教室!差し込む夕陽の眩しさ!」
くぅぅっと拳を握りしめて縮こまったタクトをよそに、やれやれとスガタは出入り口の扉に寄りかかり、その姿を眺めている。
一見温度差が激しいようにも見えるが、大げさに喜ぶタクトに気を良くしたスガタもまた、このオレンジ色の教室に満足していた。
 「見てよスガタ、夕陽が海に沈んでく。…浜辺から見るのもいいけどさ、教室から眺めるのも学園生活を満喫してる感じがでてていいね!」
そう言って振り返ったタクトの瞳はやっぱりキラキラとしていて、教室から夕陽をみるのはこれが初めてじゃないだろ。とは言えずに終わる。
普段当たり前のことが、タクトにとってはその一つ一つの違いが特別なものなんじゃないかと、スガタは思った。
多感な彼のことだ、あながち間違ってはいないだろう。
 そんなことを考えていると、何時の間にやってきたのだろうかスガタの隣にタクトが寄り添うように体を並べてきた。
 「ねえスガタ、僕はさ、今日のことは忘れないよ。」
 「なんだ大袈裟に。」
 「いいんだよ、大袈裟でさ」
するりとタクトの右手が左手に絡められ、ぎゅうっと握られる。
力を込められたそこからじんわりとタクトの体温が染みてくる。
左手だから、というわけでもないが、心臓に直結したように胸の鼓動が早まった。
 「これは、もしかして誘われている?」
 「…冗談。……僕はいつだってスガタを誘ってる」
 「はは、そりゃ参ったね、」
タクトの表情を伺うと夕陽に照らされていて、赤く染まっているのだろうその頬も、すべてが綺麗だった。
 「タクト、僕と賭をしないか?」
 「…条件は?」
 「あの奥にある準備室のドアが開いたら、そこでタクトは僕に抱かれる。もし開かなかったら、僕の家で夕食まで稽古をつける」
 「それって勝っても負けてもスガタが得をするじゃないの?っていうか賭になってる??」
苦笑いするタクトに、スガタはそうだな…とまぶたを閉じる。
そして閃いたとばかりにタクトへ視線を戻した。
 「お前次第だな。夕食にはタクトの好物を好きなだけ出そうか」
 「…なんかうまく言いくるめられてる気がしないでもないです」
はぁっとため息をついて肩を落とすタクトは本当に残念そうな顔をしていて、けれどここで断る彼じゃないことを知っているスガタは楽しげだった。
 「で、どうするんだ?」
 「仕方ない、僕も男だ。乗ってやろうじゃないか」
そうはっきりと言ってタクトは顔をあげて頷く。それをみたスガタは絡められたままだった手を握り直して、今度は手をつなぐ形にするとドアの前まで移動する。
そして空いている右手でドアノブに触れた。
 「じゃあ開けるぞ」
ドアノブにかけられたスガタの手を凝視するタクトは、ごくりとつばを飲み込んだ。
そして、ゆっくりと回されたそれはガチャリと音を立てて、そのドアはあっさりと開かれた。
 「という結果だ。タクト、おいで…」
グイッと腕に力をいれて体を引っ張ると、なんの抵抗もなく2人でドアの奥へと身をすべらした。
 後ろ手でドアを閉めてタクトと視線を合わせると、彼はほんのりと頬を染めいていた。
あんなに自分たちと教室をオレンジ色に染めていた夕陽は既に半分以上見えなくなっていて、準備室にしまわれていた楽器がそのわずかな陽を反射させているだけだ。
スガタが繋いだ手にそっと力を込めると、タクトはその身を摺り寄せてきて、そのまま誘われるようにキスをした。

 「ねえ本当は知ってたんでしょ。ここのドアに鍵なんかついてないって」
 キスの合間に指摘されて、スガタは「知らなかったよ」とだけ答えてタクトのベルトに手をかけた。

END



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