Sweet king


 窓から柔らかな陽射しが部屋に差し込み、薄い純白のカーテンは大理石の床にぼんやりとした影を何度も作りながら揺れている。
部屋の奥、少し大きめの机の上には几帳面に紙の束が積まれていて、その机は誰がみても高価な品とわかるほどに美しく繊細な模様が彫り込まれている。
また椅子も同様の細工が施されており、革張りのそれは深い上品な赤。
 現在その机にある紙の束、各部下より届けられた書類ひとつひとつに目を通し、地道にサインをしていく仕事をこなしている青年がいた。
年は若くその外見は知性と美に溢れ、その声は柔らかく人を撫で、その瞳は慈悲に満ちている。
 この国を収める国王その人だ。
名前をスガタという。
 この国に住まう人間はみなこの王を慕っていた。

 そしてこの王には、誰からも信頼され誰よりも有能な騎士がついていた。
名前をタクトという。
 この国に住まう人間はみなこの騎士を褒め称えた。
常に王と行動を共にし、護衛の任を全うする彼はいく度となく王の身を守る盾になってきた。王の命を狙う敵へその剣を振るってきた。

 そして、この2人には2人だけの秘密があった。
それは禁忌であり、知られれば最悪騎士の地位剥奪、それどころか命すら危ぶまれるほどの秘密が。

 扉越しに急ぎ足の靴音が聞こえてくると、それはピタリと国王の執務室の前で止まる。
 「失礼いたします。陛下、」
 「タクトか、入れ」
 ギィと重厚な作りの扉の片方が開けられ、目にも鮮やかな赤が姿を表した。
部屋に入り数歩進んだ先で膝をついたタクトは顔を伏せ口を開いた。
 「執務中申し訳ありません、陛下に火急の知らせがございます」
 「どうした、何かあったのか?」
 サインを綴る手を止め、厳しい顔つきでタクトを見つめる。声に促されるようにタクトが顔を上げると、スガタと視線を合わせるなり笑顔を見せた。
 「陛下!本日は天気がとてもよろしいので、お連れしたい場所がございます!」
 「却下だ!見てわかるだろう、僕は今手が離せないんだ」
そんな気がしていた。そんな呆れた表情を浮かべたままスガタは再び机の書類へ視線を落とす。
この騎士はたまにこういうことをするから困るんだと、スガタはため息をついた。
そして、必ずこのあとに続くこともわかっている。それも決まって満面の笑みで。
 「陛下はいささか根を詰めすぎなところがございます。さぁ参りましょう!馬を用意しておきました!」
まったく予想通りのこの騎士に、言うだけ無駄ということも既に承知の上である。
 スガタは「仕方ないな」と口にしながら早々にペンを投げ出すのであった。


 「今日もここは変わらない」
 「ああ、そうだな」
 半ば強引に連れだされた王は、騎士と並んでゆっくりと歩いていた。馬はすでにここからは見えない場所に置いてきている。
木々が青々と茂る道らしき道もない森の中を行く2人には、迷った素振りもなく足取りも確かだ。
木漏れ日が足元をてらし柔らかな明るさの中、目的の場所まであと僅かだった。
 「もう見えてきた」
 騎士、タクトがそういうと、王、スガタは視線をやや遠くにやる。生い茂る木々の間に忽然と姿を表したそれは、2人がよく見慣れた小屋である。
その小屋は、スガタとタクトがまだお互い小さかった頃、よく大人たちの目を忍んで遊んでいた場所だった。こうして大人になった今でも2人は人目を忍んでやってくる。
 「昔より、着くのが早くなったかな」
 タクトがそう微笑むと、スガタも「ああ」と相槌をしながら微笑む。既に2人の間には肩書きも階級もなく、ただの2人だ。
あの小屋が見えてくると昔のままの2人に戻れる。お互い口に出していうことはなかったが自然とそうなっていた。意思の疎通など、視線を交わすだけで十分だった。

 古びた鍵穴から油の切れた音が小さく聞こえ、ロックが外された扉は押しても引いてもないまま勝手に開いた。
 「そろそろこの扉も直さないとダメかな。鍵を開けた途端にこれだよ」
 「僕はやらないからな。タクト、お前がやっておけよ」
 「ハイハイ、わかっておりますとも」
 ささどうぞ、とわざとらしく大きく扉を開くと、タクトは騎士の振る舞いのように深く頭をさげ先にスガタを中へ招く。
普段当たり前にやっていることを冗談のように振る舞うタクトは、チラリと片目を開けスガタの様子を伺うと、スガタと視線が交わり再び「どうぞ」と口を開いた。
スガタがくすくすと笑いながらも小屋の中へ入ったのを確認すると、くるりと身を踊らせ後手で扉を閉めると、錆びた音と共に鍵をかけた。
 「タクト、お前時々いなくなってると思ったらここに来ていたのか?」
 「秘密です」
 「僕はしばらく来ていないはずなのに、以前来た時のままだ」
 つまりは”まるで人が住んでいるようなきれいさ”があるのだ。
この小屋には小さなテーブルとイスが2つ。それから暖炉に戸棚、今では大人1人用となってしまったベッドがある。それのどれにも埃や砂が積もった様子はない。この場所を知っているのは、2人が漏らさない限りスガタとタクトだけだ。
 「そろそろ王をお連れしようかと、思っておりまして」
 おどけて言うタクトはまったくあくびれる様子もなく、言われたスガタも呆れ顔すらしたものの、それ以上は何も言わなかった。タクトの気持ちはスガタが一番よく理解していた。
同時に、スガタの気持ちもタクトが一番よく理解していた。お互いがお互いによき理解者であり友人であった。
そしてなによりも、2人はお互いを愛していた。
 扉を背にしていたタクトに、スガタは振り返ると優しく微笑んだ。そっと差し出された右手にタクトは自分の指を絡める。
じんわりと感じるお互いの体温に心が休まる。スガタが一歩タクトに近寄るとタクトは促されるように静かに瞳を閉じた。より近づいた体温に鼓動が早くなる。
お互いの呼吸が聞こえる距離まできたところで、ようやくスガタも瞼を伏せ、左手でタクトの頬に触れると少し遅れて唇を重ねた。


 二人は特に何かをすることはなく、ただイスに座り窓の外を眺めたり、たわいのない話をして短い二人だけの時間を楽しんだ。
ときおり目を細め愛おしそうにタクトを見つめるスガタは、幸せを噛みしめているかのようで、その視線に気がついたタクトも同じように目を細めた。

 そんな二人きりの時間も終わりはくる。
 一国の王が長時間、その姿をくらましているわけにもいかないのが現実だ。
本来なら城を巻き込んでの大きな事件になっても不思議ではないのだが、そうならないのは常に王と行動を共にしている国一番の騎士の存在があるからに他ならない。
 もちろん、2つの意味で、であったが。
 「どう?ゆっくりできた?」
 「ああそうだな。いい息抜きができたよ」
そう言って微笑んだスガタに、タクトは嬉しそうに笑みを返す。
 「本当に、タクトには感謝しているんだ。どんなときでも、僕を一番よく理解してくれていたのはお前で……」
 「それは僕も同じだ。昔からスガタが一番僕をわかってくれてた」
お互いそれ以上の言葉はなく、その気持ちは晴れやかだった。


 小さな二人の城に別れを告げ、再び鍵をかけると、タクトが名残惜しそうにドアノブを指先でなぞった。
確かにそれを見ていたスガタだったが、表情一つ崩さぬまま背を向ける。
 タクトもそれに続くように、すでに小屋は見ていなかった。あの小屋から離れれば離れるほど、王と騎士という立場が強くなる気がした。それは決して苦しいことではないと言い切れないが、タクトは誇りをもって今の地位に立っている。
だからこそ、この場所から離れればタクトは王を守る騎士として、何よりもかたい盾となり、何よりも鋭い剣となり、誰よりも近い心の番人となる。
ずべては、王であるスガタと共にあるために。

 そして再び、この二人の場所に戻れるように。


END



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